CONCEPT
「タバコの煙の重さはどれくらいか知っている?」
「そんなの空気みたいものじゃないか。重さなんてあるのか」
「いや、それが実はさ‥‥」
たわいもない話だが、何となく興味をそそられ、そばで話していると、聞き耳を立てたくなるような会話。バーには、そんな少しのゆるさとウイットが効いたセンスがよく似合う。
春は桜が咲き誇り、夏は天神祭の花火が目の前に広がるJR桜ノ宮駅の南西。大川から帝国ホテル大阪や少し遠目に大阪城を見渡せる源八橋のほとり。止まり木のような小さな憩いのスペースがある。
「BAR SMOKE ISLAY」は、長年その地にあった人気のスタンディングバーの後を受け、2020年6月、新たにオープンした。「ISLAY」(アイラ)という愛称は前店から受け継いだものだが、オーナーバーテンダーの髙橋弥平は自身のこだわりも込めて、「SMOKE」(スモーク)という文字も入れた。
名優、ハーヴェイ・カイテル主演で、1995年に公開された米日独合作映画のタイトルだ。主人公が営むタバコ店の煙をイメージした作品名だが、バーなら「SMOKE」という名はスモーキーなウイスキーとも重なる。作中、店主は毎日、同じ時間に同じ場所で写真を撮り続け、4000枚にも上る。同じことの繰り返しではあるが、必ず日々何かが違う。じっくり見ることで違いが浮かび上がってくる。心に残ったその映像は、カウンターに立つ身として重なっている。お客様を迎える日常の光景の中でも、必ず日々何かが違う。そんな一瞬一瞬を大事にしたい。差し出すカクテルやウイスキーにも一杯一杯気持ちを込める。
実は店舗からほど近い都島工高にかつて通っていたので、独立開業するにあたり、馴染みもある地だった。「縁をいただいたと思いました」と話す店主は、誠実で真摯に仕事に取り組む男だ。少しやさぐれてやんちゃなカイテル演じるタバコ屋の店主とは違い、真面目そのものの印象だが、醸し出す柔らかい雰囲気が、酔客には心地よい。「スタンディングバーですが、オーセンティックなタイプは珍しい方だと思います。フラッと入りやすいので、最後の一杯でのご利用やお一人様のお客様も多いですし、初めての方にも気軽にご利用していただけたら」。接客の仕事に興味を持ち、梅田のバーを皮切りに、奈良、北新地、阿倍野で約10年研鑽を積んで独立した。「アイラの名前にもあるように、モルトを中心にしたウイスキーはもちろんですが、偏ることなく、カクテルもスタンダードなものをはじめ、わかりやすいものを充実させたい」。写真映えを意識してフルーツを使ったカクテルも常に4、5種類用意。ラム酒にコーヒーを漬け込んだものや、ジントニックにはこだわりのビターズを1、2滴注ぐなど、ひと工夫にこだわる。居心地の良さを追求するシェイカーと会話の中から新たな味を発見するのも、バーならではの楽しみとなるだろう。
ところで、冒頭のタバコの会話だが、実はこれ、映画「SMOKE」のプロローグのものだ。作家がタバコ屋で講釈を垂れるのだが、かのエリザベス1世から信頼され、英国にタバコを広めたとされるウォルター・ローリー卿が「煙の重さを量ることができる!」と豪語したという。曰く、「最初にタバコの重さを量っておく。そしてタバコを吸う。残った灰と吸い殻を秤に載せて量り、最初の重さから引いた数字が、煙の重さだ」。嘘か誠か。本当に重さがあるかどうかは定かではない。ただ、真相は煙に巻くのもよし。SMOKE ISLAYでも夜毎、そんなウイットが煙のように渦巻いているかもしれない。 Text by 清水 泰史(Writer)
<オーナーバーテンダー:髙橋 弥平(たかはし・やへい)>
梅田のバーを皮切りに、奈良のホテルに勤めた後、北新地のBAR Simbarに3年勤務。阿倍野店の担当として3年半を過ごし、2020年6月20日にBAR SMOKE ISLAYをオープンした。